20100703

いざ鎌倉へ

鎌倉というところは、誰もがあこがれる風景や歴史的品格をもちそなえた場所であるとぼくは感じています。小津安二郎監督の映画にある頼朝公についての一節がとてもすきなので、より一層そう感じているのかもしれません。

昨冬、雪深い飛騨高山の我々のオフィスtall barnまで、鎌倉武士のように俊足に、HM木サッシの視察にみえた方々がいらっしゃいました。すごい行動力をおもちでした。代表であり棟梁でもある三浦若樹氏にお伺いしましたところ、”我々は必要とあればどこであろうと目視確認にチーム全員で出向ています。” とのお話。すごい。この方達は現代の鎌倉武士ではないか。すごい人達に巡り会えたのではないか。と体で強く感じました。
鎌倉にあるその会社。伝統工法、国産材、木の家づくり、を看板に掲げられている”楽居”というたのしそうな屋号をもつ株式会社の方々でした。
三浦若樹氏が棟梁として設計、空間づくり、デザイン、墨つけ、職人さんへのリーダーシップをこなされています。
我々はとても嬉しくなり、いざ鎌倉へ。と、飛騨の山あいを縫ってこちらも大勢で現場見学をさせていただきました。我々飛騨の職人商人、すでにその肝を抜かれていました。


HM木サッシを運営している仲間には、設計士さんが多いんです。それに高山では、本格的伝統工法の真壁づくりを肌で体験しているんです。が、三浦氏のつくる住宅の玄関に入った途端、我々一同、その体の動きや言葉が止まっている事に気がつくまでにかなりの時間がかかってしまいました。。
飛騨高山あたりでも、ここまでの本格派伝統工法は、観光資源からの体力だけではもうほとんど新築できなくなってしまった時代に入って久しいのではないでしょうか。
三浦若樹氏のつくられるような ”住宅づくり”、その手法にひどく感心いたしました。設計やデザインがうまい棟梁でなければできない住宅づくりではないか。と感嘆いたしました。

空間にはやはり材料との会話が必要です。デザインがよくても材料の使い方がわかっていないと、そこは何か深みにかけた空間になりがちです。例えば、ぼくは設計がとても好きですが、まだまだ丁稚です。まだ材料と会話ができません。数寄屋建築の第一人者であった中村外ニ棟梁は、その掲げ言葉として、一に格好、ニに材料、三に仕事、と書を残されております。格好や材料を、職人としての仕事ぶりの前にうち出されております。さらに、飛騨高山には、名工:西田伊三郎棟梁による国の重要文化財:吉島家住居があります。とってもすごみのある、格好よし、材料よしという住宅です。
材料と会話をしながら美しい空間を生み出すことができる大工さんを棟梁と呼ぶのであれば、棟梁と現代の設計士が平等な立場でコラボレーションし、互いが意見交換できるようになると、また、そんな環境が自然にうまれるような場があると、日本の住宅は変わるような気がしました。こういった空間作りが日本の居住環境向上に必要ではないか。それが、昔あったような風景をよみがえらせるきっかけになるのではないか。そうなってほしい。と電流が少し強くなりました。

HM木サッシ